留学&キャリアとしての留学カウンセラー

留学の全てを知る留学仕事人の得する留学情報、業界動向、留学カウンセラーになるためのノウハウ等の解説

留学仕事人生い立ち(留学編)

留学仕事人の留学経験を紹介しよう。

留学先はカリフォルニアのSan Bernardino。LAから東に約1時間の町。

1984年から2年半留学していた。

・カリフォルニア州立大学のESLに4ヶ月
・無事TOEFLを取ってSan Bernardino Valley Collegeに入学
・専攻はコンピューターサイエンス
・ESL時代は大学寮。ルームメイトはブライアンというアメリカ人。結構落ち着いたまじめな学生。毎週金曜はパーティーがあった。皆馬鹿みたいに騒いでいたなあ。風船に水を入れて投げっこしたり、ギリシャ人の格好をしたり。楽しかったです。
・タイやインドネシア、台湾の留学生と仲良かったです。
・カレッジに入ってからは、ホームステイ、アパート、一軒家に住む。
・一軒家はラッキーなことに、月100ドルで以前ホームステイしたときの家族の知人の叔父の家(その方は老人ホームに入っていて誰も住んでいなかった)を借りていた。部屋が5つあり2台車が入るガレージがある大きな家だった。
・アメリカに来て初めて自炊をした。ご飯を炊いたり味噌汁を作ったり、いい経験だったね。月に1度はLAのヤオハンに買出しに行ってました。
・女子バレー部のアシスタントコーチをやって奨学金をもらっていた。
・向こうのクラブ活動は全く違う。単位がもらえる、用具も支給される、試合は大学のバスで行く、コーチより選手が偉い感じでネットを張ったりするのはコーチがやる。でもアメリカのバレーやクラブ活動の様子がわかり楽しかった。
・自分はコミュニティーの草バレーチームでプレーしていた。結構引っ張りだこだった。友人を作るのに大いに役立った。
・勉強は英語が慣れてくるとそんなに辛くはなかった。特に数学、体育、英語やスペイン語のクラスはトップの成績。
・GPA3.6で無事卒業
・勉強以外は平和文化団体に入り、ホノルルやニューヨーク、サンフランシスコなどのコンベンションに参加した。ここで英語を鍛えることができた。

留学中一番頭を悩ませていたのは就職のこと。アメリカに残るか日本に帰るか悩んだ。一応OPT(卒業後1年間働ける許可)も取って就職活動もしたが、祖父の様態が悪くなり帰国の決意をする。

日本での就職の当てはまったくなし。ただ留学時に世話になったカウンセラーからの手紙で帰国したら就職相談にも乗るとあったので、それだけが頼りだった。

次回は留学カウンセラーになるまでを紹介しよう。

コメント

驚いた!

驚きました。覚えてないと思うけど84年あたりサンバーナディノで福島さんと3人でいつも仲良くして頂いてた慶子です。アメリカ人と結婚して実家に住んでます。子供はまだ5歳。みんなどうしてるでしょうねー。なつかしい。。。

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留学仕事人

留学仕事人

留学プロデューサーとも呼ばれる。

留学業界20年以上。世界の学校500校以上を視察。海外の業界紙や国際会議で日本の留学事情を発信している留学仕事人。日本だけでなく海外の留学業界事情にも精通。

何故か音楽も都市もソウル好き。往年のソウルダンサー。最近はサイクリングがマイブーム。愛車はコペン。

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